ふとした瞬間って、なんであんなに突拍子もない疑問が湧くんでしょうね。
洗濯物をたたんでいるときとか、箸を持ち替えたときとか、
ほんの一呼吸のあいだに突然、
“あれ?高鍋って今どれくらいの人が住んでるんだっけ…?”
って、わけのわからん思考が降ってくるんですよ。
わかる?
こういう「突然気になりすぎて、放置できないやつ」。
あれ、ほんと厄介だけど嫌いじゃない😂
で、案の定その疑問がスイッチになってしまい、
気づけば私はスマホ片手に検索を始めておりました。
好奇心に操られるって、もう才能よね。
そしたらですよ……
出てきた数字がこちら👇
2025年11月1日現在の高鍋町の人口:18,799人。
おぉ〜、そうなんだ、と一度は軽く頷いたものの、
さらに気になってしまった私は、
“じゃあ10年前はどうだったんだろう?”
という追加調査の沼へ、当然のようにダイブ。
その結果がこちら👇
平成27年の人口:21,025人。
……え、けっこう減ってるやん😳
数字が静かに突きつけてくる事実、あれ、なんであんなに胸にくるの?
でも不思議なんですよね。
減ってると聞けばさみしい気がする一方で、
“高鍋ならではの豊かさ” みたいなものは、
数字だけじゃ絶対に語れないって感覚があるんですよ。
わかるよね、この感じ。
■ 高鍋町ってどこ?と聞かれたときの独特な説明難度
「高鍋町知ってる?」と県外の友人に聞かれると、
私の脳内地図が急にザワつくんですよ。
いや、もちろん知ってるし、行ったこともあるし、
西都市民の生活圏としてはまぁまぁ身近な場所なんだけど、
地図上でピンポイントに置こうとすると、
毎回ちょっと自信がゆらぐというか…
あるあるじゃない?
とはいえ説明するとこう👇
高鍋町(宮崎県児湯郡)は、海と平野がゆるやかに並んでいて、
自然と生活の距離感がちょうどいい町。
西都からなら車でスッと行けるし、
買い物ついでに寄れるし、
海辺の空気を吸いにいくにもほどよい距離。
「意識はしていないけど、行くと落ち着く」という
なんとも絶妙なポジション。
こういう町って、派手さはないけど、
“地元の人の生活に溶けてる大事な存在”
なんですよねぇ〜☺️
■ 人口の変化を見ても、なんだかんだ考えるのは“暮らしの光景”
21,025人から18,799人。
約2,200人減。
数字だけ見ると「減ったな〜」って思うけど、
でもね、私の中では
“人数が減った=町の魅力が減った” ではない
ってのが確固たる感覚なんですよ。
むしろ、高鍋の良さって
人口密度とか経済規模とかじゃ測れない種類の魅力なんです。
海の匂いとか、
商店街の少しゆったりした空気とか、
店の人が「おつかれ〜」って声かけてくれるあの感じとか。
ああいうのこそ、その町の本質じゃない?
だから数字の変化は確かに事実なんだけど、
“暮らしの手ざわり”とか“土地の空気”は
まったく色褪せないんですよね〜。
数字に表れない魅力の濃度、
むしろ強まってる気がするくらい。
■ 高鍋は「ただ通る町」じゃないんよね
西都民からすると、高鍋って
北へ移動するときにほぼ必ず通るんだけど、
通りすぎるには惜しい町なんですよ。
ちょっと寄り道してみると
「あ、やっぱ高鍋いいな」
って静かに実感させられることが多い。
海沿いを少し走るだけでも気持ちが軽くなるし、
地元の店のちょっとした味付けにも
“高鍋らしさ” が滲んでるし、
ほっとする瞬間があちこちに散らばってる。
“わざわざ行かなくても行ける距離だけど、
行けば確実に満足する町。”
これ、すごい価値よ。
わかるよね?こういう絶妙さ。
■ 人数が減っても「密度」はそのまま(むしろ濃い)
人口減少の話題って、
つい「元気がなくなってるのかな?」
みたいに捉えがちなんだけど、
高鍋は全然そんな感じがしない。
むしろ、
町の密度がしっかりしてる。
人の繋がりのあたたかさとか、
地元の文化の芯の強さとか、
そういう目に見えない部分がちゃんと残ってる。
“人数は変わっても、町の鼓動はそのまま”
って表現がしっくりくる。
人口ってあくまで「数」だけど、
町って本来「空気」とか「気配」で成り立つものなんだな〜
と、調べながらしみじみしてたんですよね。
■ 西都市民から見た、高鍋という“気軽なリセットスポット”
西都は山の気配が強い場所だから、
ときどき無性に海を見たくなるんですよ。
あの衝動、わかるはず。
そんなときにちょうどいいのが高鍋。
遠すぎず、近すぎず、
テンションを変えるのにちょうどよくて、
海風を浴びるだけでリセットされる感じがある。
これ西都民あるあるだと思うんだけど、
「特に用事はないけど高鍋行きたい日」
ってあるよね?
あれが良い町の証拠なんよねぇ〜☺️
■ ただ人口が気になっただけなのに、結局“町の魅力”を語りだす私
この記事、よく考えたら
「人口が気になったから調べた」
ってだけの話なんですよ。
でも調べていくうちに結局、
高鍋の空気とか、
町のやさしさとか、
海のゆるさとか、
いろんなものを思い出してしまって、
こうして語り始めてるわけで。
数字を見ると切なさもあるけど、
実際の高鍋は、
まだまだ“ゆたかさの芯”がしっかり残ってる町なんですよね。
むしろ、いまの高鍋を知っておきたいと思うくらい。
次の休み、行っちゃおうかな。
ほんと、書いてたら行きたくなったわ🚗💨
あなたもどう?
ほら、ちょっと行ってみたくなってきたでしょ?(笑)